いつものように、お花屋さんに立ち寄ったときのことでした。
店員さんに勧められたのは、新種の百合。
「花粉が出ないんですよ」と説明されました。
見た目は、たしかに美しい。
色も形も整っていて、ぱっと見ただけなら違和感はありません。
でも、心が引っかかりました。
つぼみのままで、なかなか咲かないこと。
そして、咲いたとしても
百合特有の香りが、ほとんどしないこと。
違和感の正体は、形だけをなぞった花を見ているようだったからです。
本来、花は何のために咲くのか
花粉や香りは、
ミツバチや蝶に気づいてもらうためのものです。
誰かと交わり、循環するためにある。
でも、その百合には
それが必要とされていないように見えました。
美しいのに、閉じている。
存在しているのに、届かない。
なぜか、少し悲しくなりました。
思考を見失った人の共通点
その花を見て、
今とても多い状態が重なりました。
- 何をしたいのか分からない
- 好きなことを仕事にしたいはずなのに、焦りだけが強い
- 起業や活動をしているのに、「なぜやっているのか」が曖昧になる
- SNSの正解に振り回され、自分の感覚が分からなくなる
仕事、人間関係、選択の連続。
考える余裕がなくなり、
「良い」と言われたものを
そのまま受け入れることが増えていく。
「私はここにいる」のに、気づいてもらえない感覚
私は、確かにここにいる。
行動もしている。
頑張ってもいる。
それなのに、
自分自身にすら気づいてもらえていない感覚。
この状態は、
感情の問題ではありません。
思考の位置がズレている状態です。
何のためにやっているのか、という問い
思考を整えるとき、
私がいつも使う質問があります。
「何のために、今これをしているのか」
誰かにとって良いから、ではなく
流行っているから、でもなく
自分は、なぜそれを選んだのか。
この問いを手放した瞬間、
自分で自分のことを気づくことは難しいと思います。
考えることは、現実逃避ではない
考えること。
決めること。
それは、気合や根性の話ではありません。
思考を整える段階の話です。
遠回りに見えて、
実は現実を動かすための
最短ルートでもあります。
私がしているのは「答えを出すこと」ではありません
私は、答えを与える仕事はしていません。
「どうしたらいいですか?」に
正解を返すこともしません。
- なぜ、そう感じたのか
- どこで思考が止まったのか
- 何が言葉になっていないのか
そこを一緒に整理していく。
思考を整えることで、
現実と再び接続する。
それが、私のコンサルティングです。

