本当の意味で自分に優しくできるなら、
自分が選んだ選択は、きっと最善になります。
これは、私が折に触れて思い出す言葉であり、
思考整理の現場でも、何度も立ち返ってきた感覚です。
選択に迷っているとき、
私たちは「考えが足りない」「判断力が弱い」と思いがちです。
けれど実際には、思考ではなく感情が整理されていないだけということが少なくありません。
「迷い」は、能力不足ではなく感情の混線
考えていないわけではない。
むしろ、人一倍考えている。
それでも決められないとき、
頭の中ではこんな状態が起きています。
- 不安と事実が同じ場所にある
- 過去の後悔と、今の判断が絡まっている
- 本音と「こうあるべき」が分離していない
この状態では、どれだけ考えても答えは出ません。
必要なのは、前向きな言葉でも、気合でもなく、
感情を正しい位置に戻すことです。
デシデラータとの出会い
コロナ禍以降、家で過ごす時間が増え、
YouTubeで静かな動画を見ることが増えました。
その中で出会ったのが、
猫や庭、アンティークのある暮らしを映す nekoniwa さんの動画でした。
動画の中で紹介されていたのが、
「デシデラータ(Desiderata)」という詩です。
この詩は、マックス・アーマンによって書かれた
「デシデラータ 切なる願い」というタイトルで、私にとって心の支えとなる言葉です。
初めて読んだとき、
何かを教えられたというよりも、
心が静かに元の位置に戻る感覚がありました。
デシデラータが教えてくれる「感情整理」
デシデラータには、こんな言葉があります。
喧騒のさ中にあっても、心静かにいなさい。
自分の心に素直でありなさい。
何よりも愛を装ってはいけません。程よく己を律しながらも、自分に優しくありなさい。
ここで語られているのは、
「もっと頑張れ」でも
「ポジティブになれ」でもありません。
感情を無理に変えず、正しい距離に置くこと。
それが結果的に、
自分の選択を信じられる状態につながっていく、
ということです。
自分に優しくなる=甘やかす、ではない
「自分に優しくする」と聞くと、
甘やかすこと、逃げることだと捉えられることがあります。
けれど、感情整理における「優しさ」は違います。
- 無理をしている自分に気づく
- 本当は疲れていることを認める
- 今は決めなくていい、と判断する
これは弱さではなく、
判断を取り戻すための整理です。
感情を無視したまま出した答えは、
あとから必ず迷いを生みます。
感情が整うと、選択は自然に定まる
感情整理が進むと、
「何を選ぶか」よりも先に、
「何を選ばなくていいか」が見えてきます。
- 比較しなくていい選択
- 他人の期待に応えるための選択
- 不安を消すためだけの選択
それらが静かに外れていく。
その結果、
残った選択肢に対して、
迷いがなくなるのです。
感情整理は、判断の土台を整えること
感情整理は、答えを出すためのものではありません。
判断できる状態に戻るためのものです。
自分に優しくなるとは、
自分を守ることでも、慰めることでもなく、
「今の自分が、何を感じているのか」を正しく扱うこと。
それができたとき、
選択は自然と一本に絞られていきます。
迷いが続くときは、感情の位置を見直す
選択に迷うとき、
無理に考え方を変える必要はありません。
必要なのは、
- 感情を否定しないこと
- 感情を判断材料にしないこと
- 感情を、感情として整理すること
デシデラータが伝えているのは、
その静かな姿勢です。
自分に優しくなると、
選択に迷わなくなる。
それは、
感情が整い、
判断が本来の場所に戻るからなのです。

